まずは、「水」についてご紹介します。創業者である正木正光は、「良い酒造りには、お酒に合った湧水が大切」と考え、酒造場の敷地内に横井戸を掘り、ここから湧き上がる水を使ってお酒造りを始めました。今でも湧き続けるこの水が、まろやかな口当たりのお酒を育んでいます。
続いて、「米」についてご紹介します。大粒でタンパク質含有量が少なく、辛口のお酒に向いている愛媛県産米の「しずく媛(ひめ)」と「松山三井(まつやまみい)」を使用しています。こうして、原料にこだわりぬいて造られた日本酒が「野武士(のぶし)」です。
関わっている人 私、正木 和子(まさき かずこ)は愛媛県南部に位置する宇和島市の下波地区で生まれ育ったのち、この酒蔵に嫁いできました。下波地区は、古くからいわしの好漁場として知られています。宇和海に面し、そんな広い海が広がる場所で育ったこともあり、松野町に移り住んだ当初は、周囲を山に囲まれた環境になんだか戸惑いを感じていましたが、次第に空気も綺麗で良い場所だと感じるようになりました。
現在は、私と長男の二人三脚でお酒を造っています。三男も町出身者の集まりである「松野会」の会員を中心に「野武士」のチラシを作成し、PRをしてくれています。また、繁忙期には、町内の方が手伝ってくれるなど、地元の方からも大切にしていただいています。
町内唯一の酒造場ということもあり、周囲から今後も存続を後押しする声を多くいただいております。そうした想いを受け、今後も多くの皆様に愛されるお酒づくりを続けていきたいと思っています。環境 松野町は愛媛県南西部、高知県との県境に位置する町です。
町の面積の実に84%が森林であることから「森の国」と呼ばれています。中心部を流れる広見川、目黒川は日本最後の清流といわれる四万十川の支流であり、水が綺麗なことから、アユ、ウナギ、川ガニの宝庫として知られています。酒造場のある松丸地区は、近世から戦前まで伊予と土佐の交易の中心地として繁栄し、町並みには私たちの酒造場をはじめ、当時の建物が現存し、今でも名残をとどめています。
このように、自然が豊かでおいしい水や米に恵まれている松野町で、百年以上にわたってお酒を造っています。お酒は気温が低い冬に1年間分をまとめて製造し、その後は1年中温度管理された蔵で貯蔵し、少しずつ取り出して販売しています。
時期 1905(明治38)年の創業から現在に至るまで、原料と品質にこだわったお酒造りを続けています。かつては、製造したお酒を桶のまま別の酒造会社に販売する「桶売り」という販売形態をとり、宇和島港に停留していたタンカーに何往復もして運んでいました。
当時は、宇和島の新町商店街にあった百貨店で直売も行っており、座る間もないほど忙しく、走り回っていました。愛媛と高知の日本酒には味に大きな違いがあり、愛媛は口触りが良く、旨味と甘みが特徴であるのに対し、高知はどんな料理にも合わせやすい、雑味がなくキレのある辛口が特徴です。
松野町では、古くから高知との交易が盛んで、お酒の注文も多くいただいていたことから、高知の人々が好む辛口の味に近づいた経緯があります。そのため、甘口のものが多い愛媛の酒蔵とは異なる味わいになっており、他にはない愛媛と高知の両方の特徴を持った日本酒となっています。
ぜひ、その違いも楽しみながら、味わっていただけたらと思います。商品名である「野武士」は、当酒造場で飼っていた闘牛の名前が由来です。この地域では牛と牛が戦う闘牛が盛んで、当酒造場でも闘牛用の牛を飼っていました。この牛が、小柄ながらもめっぽう強く、負け知らずの横綱になり、たいへんな人気者となったことから、その人気にあやかって「野武士」という名前を付けました。
当時の横綱さながらに、今でも多くの人から愛されるお酒になっています。お礼の品に対する想い 「野武士」は、お酒が苦手な方からは「飲みやすい」、お酒好きな方からは「他で飲んだことのない味」と、とても好評です。また、お酒単体で飲むことはもとより、食中酒にもぴったりで、あっさりした日本料理(特にお魚料理)から洋食、お肉料理とも相性抜群で、料理と合わせて飲むことで、お酒の風味や味わいがより一層豊かになります。
この機会にぜひ、私たちがこだわり抜いて造ったお酒をご賞味ください。
■清酒 野武士 純米吟醸 ほのかな吟醸香と軽快な旨味を楽しみたい方にオススメ♪ 米と米麹のみを原料に「吟醸造り」と呼ばれる低温で長期発酵させる方法で作られており、酵母からの香りやおだやかな酸味が引き出されています。
愛媛県産の米「しずく媛」を使用し、甘さと旨味を含んでおり、アルコールは15度です。