父親は、梨を我が子供のように愛情を注いで育て上げ、これならどこへ出しても恥ずかしくない。と自信をもって誇らしげにお客様のもとへ出荷していたのだ。育て上げた我が子たちが、美味しい果実としてお客様たちを喜ばせている。農業は、単なる対価としてのお金を得るためだけの作業ではない。
どれだけ自分が思い描いた最高の果実を育て上げられるか、どれだけ果実の美味しさ、すばらしさを多くの人達に伝えることができるか。来年はさらにもっと美味しく…と、父親が農業へ向ける大きな希望と想いを感じ、これは向上心と充実に満ちた仕事であると考え始めるようになった。
時代の移り変わりと客層の変化 先代の時代のころのお客様は、弊社の製品をお中元やお歳暮など贈答用に使用される方が多かった。お世話になった方へ、季節のご挨拶として普段使いのものよりも少し良いものを贈る。そんな習慣も最近は少しづつ薄れていっており、若い世代のニーズとしては少しくらい見栄えが悪くても、美味しくてより安いものを…という方向へ移り変わっている。
愛情と手間をかけた商品を、これまでとは別の方法でお客様に提案したい。丁寧に作られた完成度の高い製品の良さを、これまでとは違う視点・角度から、お客様へ提案することはできないだろうか? これを考えることは、今後も品質の高い製品を作り続けるためにも重要なことだと考えていた。
美濃加茂市山之上町の梨は美味しいという自信 ある日、東京出張の際に箱に入った弊社の梨を手に電車に乗っていると、向かいの席に座った高齢の男性に声をかけられた。彼は、東京の市場で働いていた方で、「美濃加茂市山之上町の梨」は、彼が働いていた市場で、品質が良く人気があったことで記憶に残っていた、とのこと。
岐阜県から遠く離れた東京で、「美味しい梨がある土地」と記憶に残してくれている人に出会ったことは、美濃加茂市山之上町の果実栽培における土地柄の良さと、山之上町の果実の品質の高さを再確認させてくれただけでなく、先人が作り上げたものを今後も守り続け、さらに多くの方々に知っていってもらいたいという新たなやる気にもつながっていた。
果実の新たな可能性発掘 コンフィチュール・ドライフルーツ 何か変化をという思いから、これまで製品としての流通が無かった「梨のジャム」を作ってみたが、作りにくく、味が薄くなかなか難しい。そんな中、世の中は、「梨の香料」が開発されたことから、某アイスメーカーや、ジュースメーカーから今まで無かった「梨味」の製品の開発・販売が進んでいった。
「梨の香料」の開発のより可能になっただけあって、「梨味」の製品は、ほぼすべて「香料」が使用されている。それならば、と純粋な梨だけで作ることにこだわったジャム(コンフィチュール)づくりを追求することにした。使用する梨や、加工方法、梨の風味を損なわずにジャムにするには…? 苦労の挙句にできあがった「梨のコンフィチュール」はちゃんとした梨の味がする、他とは違う「梨のジャム」として、お客様に喜んでいただける製品を完成させることができた。
偶然の出会いも重なって、こちらもこれまで無かった「梨のドライフルーツ」「柿のドライフルーツ」を作る流れにもなっていった。幸運なことに、美濃加茂産まれの乾燥法で、高いクオリティでのドライフルーツを作ることが可能な機械を入手することができたが、少数で高品質とはいえ、全国に出回った機械。
同じことがやれる会社が他にもある可能性があるということだった。山之上の特徴・違いを出していくためには、果実自体の品質や、細かい仕上げ方にもこだわる必要がある。ドライフルーツに向いた品質の果実にこだわったり、丁寧な作業をしてくれる仕入先を探したり…、乾燥用の機械自体にも、自身で手を加え、改良するなど、妥協せずこだわり抜いた製品づくりを目指し続けていった。
世界トップレベルのパティスリーにも認められたドライフルーツ 品質にこだわり続けた商品作りの甲斐があり、光栄なことに世界のドライフルーツを味わっているであろう、某パティスリーブランドに使用していただく流れとなりました。これまでの多くの方々との出会いへの感謝と、尊敬を忘れず、農業から得る充実感や、果実・栽培した成果物に対する愛情の気持ちを感じ続け、山之上町の土地柄、その土地で丁寧に誠実に果実づくりを続けてきた先代までの想い・努力を受け継ぎ、今後も少しでも多くの皆様に美味しい果実を届け、美濃加茂市山之上の果実を知っていただくことを目標に日々精進を続けていきたいと考えております。